私は、テクノロジーがもたらす利便性が大好きだ。自宅マンションのオートロックキーも、ポケットから出す必要のない、非接触のタグキー。そのスマートさに、ささやかな優越感さえ感じていた。しかし、そんなハイテクな日常に慣れきっていた私に、ある日、アナログで、そして間抜けな落とし穴が待っていた。それは、ある週末の朝のこと。私は、ランニングウェアに着替え、軽快に家を飛び出した。いつものように、エントランスのリーダーに、腰に付けたキーホルダーを「ピッ」とかざす。しかし、今日はなぜか反応がない。何度か試しても、無情な電子音が響くだけだ。「あれ、電池切れかな?」。そう思い、キーホルダーをよく見てみると、そこにあるはずの、小さな黒い樹脂製のタグが、どこにも見当たらない。あったのは、それを繋いでいた金属のリングだけ。血の気が引いた。おそらく、リングの隙間が何かの拍子に広がり、ランニングの振動で、タグだけがどこかに抜け落ちてしまったのだ。私は、絶望的な気持ちで、今走ってきたばかりの道を、地面に這いつくばるようにして戻り始めた。小さな黒いタグ一つを探す、という、あまりにもアナログで、地道な捜索。道行く人の不審な視線が、私の心に突き刺さる。最新技術の恩恵を享受していたはずの自分が、結局は、こんな原始的な方法で、自分の不注意の後始末をしている。そのコントラストが、あまりにも滑稽で、情けなかった。一時間ほど探し回っただろうか。諦めかけたその時、マンション前の植え込みの根元で、朝露に濡れて光る、小さな黒い物体を見つけた。私の、大切なオートロックキーだった。拾い上げた時の安堵感は、今でも忘れられない。この一件以来、私は、キーホルダーのリングを、二重で頑丈なものに交換した。そして、どんなに便利な技術も、それを扱う人間の、ほんの少しの注意深さや、物理的な管理の確かさの上に成り立っているのだということを、深く心に刻んだ。ハイテクな鍵も、それを繋ぎとめるアナログなリングがなければ、ただのプラスチック片なのだから。